やるか、やらないか――迷ったときの通販企業の判断軸

投資金額に見合うリターンがあるのか、社内の意見も割れる新施策。慎重になるのは当然ですが、そこで立ち止まり続ける企業も少なくありません。実施を決めるうえで本当に見るべきは、数値の予測ではなく“ある視点”なのです。今回のコラムは、『日本流通産業新聞』1月20日号に掲載された「強い通販化粧品会社になるために 基礎講座Q&A vol.78」です。ぜひご覧ください。

日本流通産業新聞
通販・ネットビジネス・健康食品・美容業界などの最新動向を専門的に取り上げる業界紙です。実務に直結する情報を多角的に発信し、多くのビジネス関係者に支持されています。

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判断の軸は、“数字”よりも“誰のためか”

通販化粧品会社 担当者

創業10年目になる通販化粧品会社。先日、パートナーである企画会社から、販売促進の新しい施策の提案があったが、投資金額とその回収見込みのめどが立たず、社内の意見も割れているため、実施に踏み切れないでいます。何か良い判断基準を教えてください。

通販化粧品の企画制作の提案をメイン業務にしている弊社では、お得意先企業と何度となく検討してきた内容です。例えば「それを実施したら、レスポンス率は何%くらい上がるのか」「どのぐらいの人が提案のクロスセル商品を買ってくれるのか」などなど。新たな施策を提案すると、毎回と言っていいほど、同じような質問を受けます。

私はそのつど、「御社の場合はどういうリターンになるか、正確には分かりません」と答えます。弊社は通販化粧品の販促業務を40年近くお手伝いしているので、〇〇社のあのときは〇〇だったという記憶は残っていますが、それは直接的にあまり役に立ちません。

その理由は、同じ通販化粧品と言っても、商品も集客方法も異なり、これまでの顧客育成方法も異なるので、たったひとつの施策だけでリターンを予測するのはとても難しいことだからです。

何よりも運営している会社の特徴や個性が異なるため、お客さまの個性も異なります。比較するのであれば、自社のこれまでの施策の結果データをつぶさに振り返って、予測する以外にないと思っています。

それは各社の営業方針や販売計画に反映されているはずなので、つまりは目標に対して提案された企画内容のどの内容が、目標を達成する可能性が高いか、という選択の問題です。ゼロから効果を予測するのとは異なります。

短期成果を追うほど、理想の顧客が離れていく

その選択の「決断」には、単なるレスポンス率だけではなく、お客さまのニーズや会社の将来像などさまざまな思いが込められるはずです。そのような「さまざまな思い」を忘れて、単なる他社データを頼りに施策を決断するのは、間違っていると言えます。

ある通販化粧品会社の女性社長が、会社を立ち上げて数年を経て「お客さまのニーズが分からなくなった」と訪ねて来られました。顧客の階層別グループインタビューを提案して実施したところ、思わぬ結果に驚いていました。

彼女が会社を創業した理由は「若いときから夢中で仕事をしてきた私は、50歳近くなって、肌荒れがすごくなって悩みました。その自分の経験から、肌悩みで困っている女性たちの役に立ちたい」という思いでした。

しかし、半額キャンペーンやまとめ買い割引で日々激安キャンペーンを繰り返した結果、ロイヤルユーザーたちは、肌悩みではなく、価格訴求キャンペーンで商品を買うコスメジプシーのようなお客さまの大集団になっており、逆に強い肌悩みがあったお客さまたちは離脱してしまっていたのです。

この現実を目の当たりにして、ご本人は、「私が作りたかった会社のイメージと全く別のものになっている」と、深く反省したようです。

数字は“道しるべ”であって、“答え”ではない

つまりこの例は、レスポンス率などのデータのみで施策を決めていると、最初の目的とは異なり、本来獲得したかったお客さまが離れていくということを示しています。

通信販売はデータのビジネスなので、数値目標を定めることはとても大切なことだと思います。しかしそれだけに頼ってしまうと、本来のお客さまは離れていってしまうのではないでしょうか。

かつてスーパーマーケットが、全国一律セントラルバイイングシステムでレジにひも付くPOSデータのみで管理していた時代がありました。ところがそのデータ至上主義が、店舗の魅力を失わせる結果になって、業態として衰退していった経緯があります。そのため現在は各店舗の特徴やバイヤーの力量に任されているところも多くなっているようです。

このように数値データは結果であって、予測のためには単なる一つのデータに過ぎないと思います。新たなキャンペーンや施策は、データをもとにすることも大切ですが、データ以外のマーケッターの「思い」や「トレンドを読む力」などの複合的なチャレンジが新たなニーズを呼び込むのではないでしょうか。

最後に問われるのは、“データ”ではなく“意思”

「チャレンジのないところに面白みはないし、リターンもない」そう考えると、新たな施策に取り組むかどうかは、緻密な自社のデータからお客さまのニーズを読み解き、さらに何を提案したいのか? 自分たちの意思が最も大事です。

当たりそうだと他社の物まねばかりしていたり、本意ではない割引セールを繰り返したりしていては、本当にお客さまに喜ばれるビジネスはできないはずです。

自分の目指すところに到達するためには、石にかじりついても「思い」を貫き通す強い意志こそ必要なのではないでしょうか。

株式会社フォー・レディー 代表
鯉渕登志子

お客さまの笑顔を基準に、正しい判断を積み重ねる。その先にこそ、ブランドの信頼と成長が生まれます。フォー・レディーは、企業の“思い”を形にするパートナーとして、これからも共に考え、共に挑戦していきます。

深掘りQ&A

「顧客に喜ばれるか」を基準にするのはわかりますが、経営的には数字が取れなければ続けられません。どう両立すればいいですか?

数字は「お客さまの反応を可視化する鏡」であって、目的ではありません。まず理念やブランドの“軸”を明確にしたうえで、その理念を体現する施策を数字で検証していく——この順番が大切です。数字を追いかけるのではなく、数字で確かめる。それが「理念と経営を両立させる通販」の基本姿勢です。

社内で意見が割れるとき、どのように判断すればよいのでしょうか?

判断に迷うときほど、「この施策は誰を幸せにするのか」を問いかけてみてください。顧客、社員、経営——どこに“喜びの連鎖”が生まれるかを整理すれば、議論は感情論ではなく「目的」に立ち返ります。フォー・レディーの経験でも、“共感できる目的”が共有された瞬間にチームが動き出すことが多くあります。

チャレンジが必要」とはいえ、失敗を恐れる現場も多いです。小さく始める工夫はありますか?

完璧を目指すより、まず“仮説検証”としてミニ実験を行うことをおすすめします。会報誌の一部ページを新企画にする、メールの一文を変える——そうした小さなチャレンジを積み重ねることで、自社に合った成功パターンが見えてきます。「小さく試して、大きく育てる」。通販の現場でもっとも確実な学び方です。

ABOUT US
株式会社フォー・レディー 代表 鯉渕登志子
日本大学芸術学部卒業後、アパレル業界団体にてファッション経営情報誌の編集に携わり、カネボウファッション研究所を経て、1982年に株式会社フォー・レディーを設立。これまで手がけた化粧品・ファッション通販企業は180社を超えます。一貫して「女性を中心とした生活者ターゲット」に寄り添い、消費者の実感から発想することを信条としています。 「自分が使って心から納得できるものを届ける」というポリシーのもと、コンセプト設計からクリエイティブ制作までを一貫して行っています。また、日本通信販売協会などでの講演実績も多数あり、生活者視点のマーケティングを広く発信しています。

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