中国の若手経営者や現地市場を取材する中で感じるのは、「変化の速さ」。かつて日本製化粧品が独走していたアジア市場でも、いまや中国や新興国が独自の技術とデザインで追い上げてきているようです。“爆買い”や“越境EC1”の時代に甘んじることなく、国内外で選ばれ続けるブランドとなるためには、「日本らしい価値」や「ぶれない軸」を磨き続けることが必要ではないでしょうか。今回のコラムは、「週刊粧業」6月11日号に掲載された「激変するコスメマーケット 第40回」です。ぜひご覧ください。

週刊粧業
化粧品、日用品(トイレタリー製品、石鹸洗剤、歯磨き等)、医薬品、美容業、装粧品、エステティック等を中心とした精算・流通産業界の総合専門紙として、日々変化する業界の最新動向を伝えています。
変化のスピードが示す中国市場の今

最近中国の若手経営者組織の冊子に寄稿を依頼され、日本でビジネスをしている中国人や、中国通の人々と親しくなった。その中の1人が20年来中国を研究している日本人女性ジャーナリストで、多くの中国関連書籍を執筆している。
彼女が「中国関連は変化のスピードが速く、本を執筆しても次々に内容が古くなってしまう」と嘆いていた。我々も中国からの旅行者を身近に見ていると、最近は変化してきていると感じるが、中国国内の上海に代表される「沿岸都市部2」の変化スピードは、もっと速いということらしい。特に1980年代生まれ世代が1つのブームを作っているようだ。
ファッション業界に見る“発信力の逆転”

化粧品の分野でも、一時期のインバウンドの「爆買い」から「越境EC」への変化など、販売ルートの変化が見られる。ただし相変わらず日本製品の品質への信頼は高く、日本製の丁寧なモノづくりや手間隙かけたサービスなどが高い評価を得ているようだ。
これだけ高い評価を得ていることはとても喜ばしいことだが、それに慢心してしまうことは、日本の化粧品業界の将来にとって必ずしもよいことばかりではないのではないかとも思う。
というのも、私は若い頃ファッション業界で仕事をしてきたので、日本のファッション業界の栄枯盛衰を実感してきており、もともと心配性なので「同じことが起きなければよいが‥‥」と思うからだ。
1970~80年代のファッション業界は、相変わらずパリが世界一に君臨する発信地で、クリエイターもバイヤーも世界中の人々がパリを目指していた。異論もあると思うが、東京はもちろん、ミラノ、香港、ニューヨークも、皆がパリをお手本にして、いわば「物真似ファッション」をしていた。
そして40年を経過した今、ファッションの発信地は必ずしもパリだけではなくなり、「物真似」をしてきたところも自ら情報発信できる体制を整えている。特に購買力のある消費者を抱えている地域や国は、時間経過とともにクリエイティブ力も磨かれてきて、モノづくりの力も体制も整ってきている。
現状では、ユニークなコンセプトを発信できる新興地域の方が勝っている場合もある。
今こそ問われる“日本ブランドの原点”

同じことを化粧品業界に当てはめると、日本製の化粧品が越境ECなどで品切れを起こすほど売れていることは歓迎すべきことだが、そのうちに中国やアジアの国々でも自分の国らしい品質の高い化粧品を作り出せる技術や環境が整ってくるのではないかと思う。
その時に今と同じように圧倒的支持で、日本の製品を購入してくれるだろうか?
なにしろ相手は変化のスピードがとても速い。日本が10年かかったことをわずか1年程度で成し遂げてしまうようなパワーを持っている。そう考えると、現在の海外人気に頼りすぎるのはよくないのではないかと思う。やはりしっかりと国内でも評価される、自社ブランドの「確かな軸のような価値」を大切にしていくことが必要なのではないか。
つまり日本のオリジナリティーや技術を生かし、日本の消費者にも圧倒的に支持される「ぶれない軸」のある商品を作り続けないと、継続的な評価を得ることは難しいのではないか? と思う。
これは老婆心だろうか?

鯉渕登志子
フォー・レディーは、通販ビジネスを「点」で捉えるのではなく、マーケティングの視点を取り入れながら「線」で捉え、お客様調査から顧客育成まで通販事業を一気通貫でサポートすることが最大の特長です。
用語解説
- 越境EC-国境を越えてネット通販を行う仕組み。中国など海外の消費者が日本の通販サイトから商品を直接購入できる。 ↩︎
- 沿岸都市部-中国の経済発展が著しい沿岸地域(例:上海・広州・深圳など)。消費トレンドや新産業の発信地として注目される。 ↩︎
















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